鎌倉文化


特色

公武二元的文化伝統的公家文化の刷新、新鮮で雄健な武家文化の創造︰宋文化の摂取・民衆仏教の成立

鎌倉新仏教

成立の背景   戦乱・飢 などによる社会不安 末法到来による無常観の深刻化

武士・庶民の信仰への欲求・旧仏教の腐敗・堕落・世俗化

新仏教の特徴 選択・専修一つの修行方法を選んで、それに専念する

易行︰教理が平易・修行方法が容易

浄土宗 法然(源空)開宗年︰1175年

ひたすら念仏(南無阿弥陀仏)を唱えれば往生できる(専修念仏) +戒律が不必要。

美作出身で押領使の子、比叡山に登って天台を学び、源信の流れを組む叡空の念仏の門に入る。→対立し、比叡山を下山。

旧仏教による圧迫→土佐配流する所、九条兼実の庇護により讃岐(1207)に配流→東山の大谷の地で死去。

著書『選択本願念仏集』九条兼実のために書いた 中心寺院︰︰知恩院(京都)

浄土真宗(一向宗)  親鸞(法然の弟子)

京都出身、藤原氏末流、日野有範の子。開宗年︰1224年

法然同時期に越後に配流→越後に留まる→常陸で農民に布教→63歳で帰京。

悪人正機説(唯円 『歎異抄』)罪深い罪人こそが阿弥陀仏が救う対象である︰

著書「教行信証」弟子唯円「歎異抄」中心寺院︰本願寺(京都)

時宗  一遍または遊行上人(←智真)

伊予出身。河野氏の子。開宗年︰1274年

出家し、太宰府に赴き、法然の孫弟子である聖達に師事→伊予に帰国→賦算の旅に出る

信心の有無を問わない 踊念仏 全国遊行

著書「一遍上人語録」一遍は死の直前、著書経典を焼き捨てたため、これは門弟がまとめた︰もの。 中心寺院︰清浄光寺(神奈川) 信者である時衆が建てたもの

禅宗坐禅することによって人間に内在する仏性(仏としての本質)を自覚し、悟りに達しようとする「自力」の教え。朝廷の天台・真言宗に対し、「幕府の仏教」として保護される。

臨済宗  栄西  開宗年︰1191 年

備中吉備津宮の神主の子、比叡山で台密を学んだ後、2度入宋→京都の布教を試みるが比叡山の反対にあう→鎌倉に下り、幕府の保護を受ける(源頼家・北条政子により)

坐禅を組み師から与えられた問題(公案)を解決して悟る

著書「こうぜんごこくろん興禅護国論」国家の禅宗の重要性を主張 中心寺院︰︰建仁寺(京都)

臨済僧の来日

蘭溪道隆…南宋→京都→鎌倉 北条時頼の帰依、建長寺を開く。元寇時、元の密偵と疑われ、伊豆国に配流、その時修禅寺を臨済宗に改宗行っている。

無学祖元…南宋→鎌倉 蘭渓道隆の後継として建長寺の住持となる。後、北条時宗の帰依を受け、元寇の戦没者を追悼する円覚寺を開く。

一山一寧…元から来日、はじめ元の密偵だと疑われるが後北条貞時の帰依を受ける

曹洞宗 道元 開宗年︰1227年

比叡山→園城寺で台密を学ぶ→建仁寺で栄西の弟子明全に師事→入宋→帰国

只管打坐(ひたすら坐禅を行う) 出家主義による自力救済をとく

著書「正法眼蔵」 弟子懐奘 「正法眼蔵随聞記」

中心寺院越前に︰永平寺(福井):幕府要人の招きを断り、厳格な規律のもとに門下を育てる

後、瑩山紹瑾らの努力で民間に広まる。

法華宗(日蓮宗) 日蓮 開宗年︰1253年

安房小湊出身、天台寺院で台密を学ぶ→法華経の教えが最も優れていると確信

題目(南妙法蓮華経)を唱えれば仏になれるとした

鎌倉で他宗派を激しく攻撃→幕府からの迫害2度の流罪(︰伊豆・佐渡)

著書「立正安国論」法華経中心の国造りを説く 中心寺院︰︰久遠寺(山梨)

旧仏教の革新 新仏教の批判、戒律重視原点に立ち返る

南都六宗

法相宗 貞慶(解脱)興福寺から山城の笠︰置山に移住。「興福寺上奏」1205年

華厳宗 明恵(高弁)東大寺を出て、京都栂尾に高山寺を建立。「摧邪輪」︰1212年

両者とも法然の専修念仏を批判、戒律を重んじ、教界の粛正に尽力。

律宗 俊芿︰宋で律や禅を学んで、京都に泉涌寺を開く。

律宗 叡尊(思円)貞慶の法系に所属、奈良で律宗を再興し、西大寺を復興。︰

弟子忍性(良観)︰北山十八間戸(奈良)ハンセン病患者を隔離・架橋事︰業・極楽寺(鎌倉)・各地に悲田院(孤児救済施設)などの社会事業に尽力

神道

伊勢神道︰度会家行(伊勢外宮の神官) 南朝方の北畠親房を支援

「類聚紙神祇本源」神道が根本にあり、その上に儒教、仏教があると説く。︰

→神本仏迹説(反本地垂迹説)の立場

学問思想

公家の学問

古典研究注釈書の執筆

仙覚「万葉集註釈」・卜部兼方「釈日本紀」(日本書紀の注釈書)

源光行、親行父子「水原抄」

有識故実朝廷の儀式や作法についての研究︰

順徳天皇「禁秘抄」・後鳥羽上皇「世俗浅深秘抄」

武士の学問 北条氏が唐の「貞観政要」などの政治論に興味を持つ

北条実時︰清原教隆から「群書治要」の講義を聞いたり、好学の士

金沢文庫(武蔵国 私設図書館)鎌倉の外港として栄えた金沢の称名寺のある文庫 

宋学(朱子学)の伝来 

南宋の朱熹によって大成された儒学の一派。大義名分論を持つ。俊芿や南北朝期に禅僧中巌円月によって伝えられ、のち倒幕思想に影響を与える。

歴史書の編纂

「愚管抄」(慈円)…天台座主慈円(九条兼実の弟)が道理と諸行無常な末法思想から神武~順徳まで叙述。

「吾妻鏡」…鎌倉幕府の歴史を編年体で著す 1180~1266

「今鏡」(寂超?)…平家政権時の成立。紀伝体の歴史書。後一条~高倉天皇までを扱う

「水鏡」(中山忠親?)…鎌倉初期成立。編年体の歴史書。神武~仁明天皇までを扱う

「元亨釈書」(虎関師錬)…仏教史

和歌集

『新古今和歌集』(藤原定家・藤原家隆ら)・・・後鳥羽上皇の命により編纂、新古今調

『金槐和歌集』(源実朝)…定家に師事した実朝の力強い万葉調の歌を含む

「山家集』(西行)…武士の家に生まれ、出家した西行が平安末期動乱下遍歴で詠んだ歌集

随筆

『方丈記』(鴨長明)・・・京都日野山で隠遁した鴨長明が人生の無常を説く、鎌倉初期に成立

『徒然草』(兼好法師)…下級官吏であった兼好が朝廷で仕え、後出家。鎌倉末期に成立

日記

『玉葉』(九条兼実)︰1164~1200年までの記録・『明月記』(藤原定家)生涯︰56年間の記録

紀行文

『十六夜日記』(阿仏)…藤原定家の息子である為家の妻の阿仏尼が先妻の子から細川荘を取り戻すため鎌倉に赴いた時の紀行文

『海道記』京都から鎌倉へ下り帰郷する・『東関紀行』京都東山から鎌倉に赴く紀行文︰︰

軍記物︰武士の活躍を活き活きと書き出す。漢語で仏語を交えた仮名交じり文章が多い

『平家物語』…琵琶法師の平曲により民間に広まる 。諸行無常、盛者必衰の理念

『源平盛衰記』…↑の読み本として作られた。

『保元物語』・『平治物語』・『承久記』など

説話集

『宇治拾遺物語』…日本、天竺(インド)、大唐の三国にわたる多彩な説話を集めたもの

『古今著聞集』 (橘成季)…公卿日記を下地にしたものから庶民のものまで、世俗説話集

『十訓抄』…十カ条の教戒を掲げ、教訓的な説話約280話を通俗に説く。

『沙石集』(無住)…「沙から金を、石から玉を引き出す」ということから、世俗的な事柄から仏教の要諦を説く

「宝物集」・「発心集」(鴨長明)…仏教説話

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